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和歌山家庭裁判所 平成元年(少)63号 決定

少年 K・K(昭46.6.27生)

主文

この事件については、少年を保護処分に付さない。

理由

(非行事実)

少年は、

第1  A、B及びCと共謀の上、

1  昭和63年12月4日午後10時56分ころ、和歌山県有田郡○○町大字○××番地所在の○○商店先に設置された公衆電話を使用して110番の電話をかけ、和歌山県警察本部防犯部外勤課通信指令室に勤務中の司法警察員巡査部長Dに対し、何ら犯罪発生の事実がないのに、「○町でシンナーをやっている人がいる。400CC位のオートバイ5台を停めて人の車なんかを蹴っている。○○町の○○石油を入った所で○○煙草店前、今も自動販売機を蹴っている。15、6人がいる。」旨申し立て、

2  前同日午後11時29分ころ、和歌山県有田郡○○町大字○××番地所在の○○酒店先に設置された公衆電話を使用して110番の電話をかけ、前同課通信指令室に勤務中の司法警察員巡査部長Dに対し、何ら犯罪発生の事実がないのに、「先程も電話したんですが、○○酒店の前で暴走族みたいのが10人位で喧嘩している。○○町○○○小学校の前です。○○酒店の前の公衆電話から電話しています。」旨申し立て、

3  前同月5日午後9時25分ころ、和歌山県有田郡○○町大字○○××番地所在のパチンコ店○○ホール先に設置された公衆電話を使用して110番の電話をかけ、前同課通信指令室に勤務中の司法警察員警部補Eに対し、何ら犯罪発生の事実がないのに、「○○の○○公園で少年5人程シンナーを吸っている。バアバア言ってうるさいし、わいら近くに家あるよって眠れない。シンナーを吸っている場所はパチンコ○○ホールの奥へ入った○○公園や。先程まで単車に乗っていたが、今は静かになってシンナーを吸っている。この少年の中に紺色の作業服を着た者がいる。シンナーはナイロン袋で吸っている。」旨申し立て、

第2  A及びBと共謀の上、前同月5日午後10時27分ころ、和歌山県有田郡○○町大字○○××番地所在の○△商店先に設置された公衆電話を使用して110番の電話をかけ、前同課通信指令室に勤務中の司法警察員巡査部長Fに対し、何ら危害を受けている事実がないのに、あたかも何者かに襲われ危険が切迫しているかのように装い、「助けて下さい、駅、○○や。」と申し立て、

もって各司法警察員に対し虚構の犯罪事実を申し出たものである。

(法令の適用)

刑法60条、軽犯罪法1条16号

(審判条件について)

本件事案における適用法規である軽犯罪法については、平成元年2月24日施行の同年政令第27号大赦令において大赦の対象とされており(同政令1条9号)、本件事案は同政令1条の定める昭和64年1月7日以前に犯された罪であることから、右大赦令の本件少年保護事件手続に対する効果、特に審判条件の存否について判断するに、刑罰権及び公訴権の消滅を招来することにより刑事訴訟上の訴訟条件欠缺事由となる大赦令の発令は、その対象となる犯罪に係る少年保護事件について、少年の健全な育成を目的とし保護及び教育を旨とする少年審判手続の審判条件を当然に失わしめるものではないと解するのが相当である。したがって、大赦のあった罪に係る少年の保護事件についても、審判官としては、調査命令を発し、家庭裁判所調査官による調査結果を検討した上で、当該少年の要保護性を的確に把握し、家庭裁判所調査官による保護的措置の効果をも斟酌しつつ教育的見地から適切な処遇選択を行っていくことが適当であり、少年法の精神に合致する手続運営であるというべきである。もっとも、個々の事案における処遇選択に際しては、大赦の趣旨を十分に斟酌し、公平、均衡の問題(成人との均衡等)、一般の社会感情などを総合的に考慮するとともに仁慈の精神を十分尊重した上で決定を行うのが相当であり、かかる見地からは、審判の開始及び運営、保護処分の決定等に関しては、特に慎重な配慮が必要となるものと解される。すなわち、少年の健全育成の見地からの保護教育の要請と大赦の趣旨及び精神との適切な調和を図っていくことが手続運営上の綱要となるものというべきである。

(処遇の理由)

1  本件保護事件は平成元年2月17日受理されたものであるが、当裁判所においては、上記の判断に基づいて調査命令を発し、当庁家庭裁判所調査官による調査を経て、本件少年に対する処遇を決定するに至ったものである。

本件事案は、日頃警察の交通取締りに反感を抱いていた少年が、他の共犯少年3名を誘って、警察へ虚偽の110番電話を繰り返しかけ、その都度パトロールカーを出動させるなどして警察の事務を甚だしく混乱させたというものであって、その内容は悪質である。また、少年は本件の一連の非行において常に主導的に行動してきている。

当庁家庭裁判所調査官○○作成の少年調査票その他本件一件記録によると、少年は、中学校卒業後職業訓練校の機械科に在籍していたが、昭和63年8月に自動二輪車の運転免許を取得後、夜間(特に深夜)自動二輪車を乗り回して暴走行為や反則行為を重ね、度々パトロールカーに追跡、制止されて交通事件原票を作成されていた(免許停止処分を受けたこともある)ことから警察に敵意を抱き本件に至ったものであって、その要保護性には看過し得ないものがあるというべきである。本件事件送致後の平成元年3月下旬には職業訓練校を卒業し鳶職見習いとして就職してはいるものの、少年は触法時代にも本件共犯のAと単車盗の事件を起こすなど、その交遊関係には問題があり、また、不規則な仕事のため家族と十分接触を保てない実父及び少年に対して遠慮がちな継母の下で厳しい規制と躾を十分に受けずに育ってきた保護環境にも監護上欠けている点が見受けられた。

そこで、当裁判所としては、少年に対しては、自己の行為の意味と結果を正しく理解させ社会の規範と秩序に対する考え方を十分にただしておくと同時に、現時点において交遊関係や交通非行等を含めた生活態度全般について適切かつ有効な保護的措置を講ずることが緊要であると思料し、かかる教育的配慮から、この際審判を開始して厳粛な審判廷の雰囲気の中で審判官からの説諭を行い、その後の生活状況を確認するとともに就労や生活習慣など全般にわたって適切な指導を加えておくことが、大赦令施行の趣旨と仁慈の精神を考慮に入れてもなお大局的には少年の将来に資するものであり、少年の健全な育成保護の見地から必要かつ適切であると判断するに至ったものである。

2  以上の判断に基づき、少年については平成元年4月5日審判開始決定を行い、当審判期日において前記非行事実及び要保護性に関する事実を確認、認定するとともに、調査終了後審判期日までの間の生活状況等を確認し、上記の諸点に関して保護的措置を加えたものである。

審判の結果によれば、少年の反省並びに就職後の勤務状況及び生活状況はいずれも良好であり、就職を契機として夜間の外出や単車遊び、不良交遊についても自発的に自粛を決意し遵守するなど、いまだ審判を控えての短期間の現象とはいえ社会規範の内面化への端緒がみられること、保護者においても本件を契機として監護に強い意欲と関心を示し、少年との対話と指導に意識的に努めるなど、保護環境の改善も顕著であること等が認められ、少年及び保護者のいずれの側でも審判廷での説諭に対して真摯な理解と共感を示し、今後の規範遵守と生活態度の改善を固く誓約していることから、前記の諸般の要素をも併せて総合考慮すれば、本件については、審判廷及び調査段階における審判官及び家庭裁判所調査官による保護的指置にとどめ、少年を保護処分に付さないことが相当と思料されるというべきである。

3  以上の次第で、少年法23条2項により少年を保護処分に付さないこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 岩井伸晃)

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